11月初旬、鹿児島と宮崎の県境にある大浪池の登山口に立った瞬間、胸の奥で小さな灯りがともったように感じました。
ここから先に、まだ見たことのない景色が待っている。そう思うだけで、背中の重いリュックが少しだけ軽く思えました。朝の空気はひんやりしていて、それがまた気持ちを引き締めてくれるようでした。
最初の登りは綺麗に舗装されていて、歩くリズムも一定に整っていきました。木々の間から差し込む光が揺れて、そのたびに足元の影がゆっくりと形を変えます。鳥の声が遠くから響き、その音が静かな森の空気と混ざり合い、体の奥まで染み込んでいくようでした。

しかし、しばらく歩いて標高が上がるにつれ、景色も空気も変わっていきました。舗装された道は次第にゴロゴロとした岩場へと変わり、リュックの重さが肩にずっしりとのしかかってきました。ガスバーナー、コールマンのヤカン、ミニテーブル。撮影のための道具も入っているので、余計に重いのです。
息が上がり、足を前に出すたびに体力の衰えを感じました。若い頃なら笑いながら歩けたはずの坂なのに、32歳の今は何度も立ち止まり、膝に手を置いて呼吸を整える時間が増えていました。「ああ、昔とは違うんだな」と少し寂しくなりながらも、「でも今の自分も悪くない」と心の奥でそっとつぶやきました。
岩場を越え、最後の急な坂を登り切った瞬間、視界がひらけました。大きな空、風の音、そしてそこに広がる大浪池。青さと静けさが混ざり合い、湖面はまるで空を逆さまに映したように澄んでいました。思わず息を呑み、その場に立ち尽くしました。この景色を見られた瞬間、今までの息苦しさも、重いリュックも、すべて報われていくようでした。


しばらく景色に見入ってから、湖を見下ろす岩の上に腰をおろしました。ここでようやく、ずっと楽しみにしていたカップラーメンの出番です。ガスバーナーを取り出し、コールマンのヤカンに水を注ぎ、火をつけると、静かな山頂に「ボッ」という音が響きました。湯気がふわりと立ちのぼり、その白さが冷たい空気にすっと溶けていくのを眺めていると、それだけで心が温かくなりました。

三分待って蓋を開けると、香ばしい香りがふわっと鼻をくすぐります。目の前には大浪池。頬を撫でる風。湯気の向こうに広がる青。こんな場所で食べる一杯が、美味しくないわけがありません。一口すすった瞬間、体にじんと温かさが広がり、登山の疲れがふっと溶けていくようでした。
ラーメンを食べていると、後ろから「いいなあ、めちゃくちゃ美味しそう」という声が聞こえてきて、思わず笑ってしまいました。やまびこを試している人の声が少し遅れて返ってきて、大学生のグループが写真を撮りながらはしゃいでいる。その全てが、山頂の空気と混じり合って、なんとも言えない温かい時間をつくっていました。
満たされた気持ちで下山を開始すると、上りよりも下りの方がはるかにきついことを思い知らされました。岩場では何度も足をとられ、慎重に一歩ずつ進むしかありません。でも、景色を見上げるたびに「来て良かったな」と思わせてくれる何かがありました。

山を降り切った頃には、登る前よりも心が軽くなっていました。重いリュックをおろした瞬間、体の軽さよりも心の軽さが際立っていました。「また大浪池に来よう」と素直に思える。そんな一日でした。



